2014年08月23日

【AB】生死とは【12(B-1):Konckin’ on heaven’s door】

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こんにちは。【新】アニヲタブログへようこそ。
今回はAngel Beats! 第12話「Konckin’ on heaven’s door」Bパート(1)について
書いていきたいと思います。


前回、Aパートを書きました。こちらAパート
今回はBパートの前半を書きます。


angel-12.jpg

影にのまれたゆりは夢を見ます。
NPCと同じ制服を着て、普通の友達と普通の高校生ライフを送る、そんな夢を。

images.jpg

意外とNPCの制服もイケるゆりさん。


ゆり「こら!この…って、あんた誰だっけ?」
ひとみ「え?ひとみじゃん」

このやりとり、ある意味すごいな。www


授業で上の空なゆりは、先生に名指しされ、こう言います。

すごく幸せな風景、私には眩し過ぎる。みんなこんな時間に生きてるんだ。
いいですね。羨ましいです。ここから消えたらやり直せますかね。
こんなあたりまえの幸せを、私は受け入れられますかね。
記憶も失って、性格も変わって…、ならできますよね。
でも、だったら生まれ変わるって何?それはもう私の人生じゃない。
別の誰かの人生よ。人生は私にとってたった一度の物。それはここ(心)に。
たったひとつしかない、これが私の人生。誰にも託せない、奪いもできない人生。
押しつけることも、忘れることも、消すことも、踏みにじることも、
笑い飛ばすことも、美化することも、何もできない。
ありのままで残酷な、無比な、たった一度の人生を受け入れることしかできないんですよ。
先生、わかりますか。だから私は戦うんです。戦い続けるんです。
だって、そんな人生…、一生受け入れられないから


いくら前世や来世があろうとも、自分の魂は今しかなく、
転生しても自分でいることなんて不可能なんです。
そうしたら、赤ちゃんの頃から喋れたり、賢い生物になったりして
世間で騒がれますよね。

AB12-3.jpg

そのひとつしかない自分の魂と人生を悔いなく生きたかった、
もっと普通に、何気ないことでも楽しいと思える人生を送りたかった。


それがゆりの望みなんです。

ここには、きっとゆりを通して筆者の思いも込められていると考えます。
少し深く考えすぎると、こんな感じでしょうか。

自殺者や殺人事件が多いこの世の中で、
自分の夢を叶え、まっとうに生きてきた者はいるんだろうか。
時間が安全に過ぎていくこと、自分が家族と過ごせること、
帰る家があること、大切な人がいること、それらを
当たり前と思いすぎてはいけない。いま自分が生きていることを含め、
さまざまなことに感謝しながら、悔いなく生きるべき。



筆者はこういう、命を題材とした物が好きなので
結構考えてしまいます。

それでも、こうやって深く「AB」を見ていると
自分はちっぽけだな、と思ってしまいます。

失ってからじゃ遅いんです。

いつやるの?今でしょ!ぐらいの
ノリでやらなくてはいけません。(ごめんなさい、調子のりました。)


さて、次回は後半。影を作ったボスとの決戦が始まります!

閲覧ありがとうございました。

参考画像:Google 画像

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posted by ルル at 14:19| Comment(0) | Angel Beats! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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